鬼滅の刃 不死川実弥SS「言えなかった言葉」 鬼殺隊と鬼舞辻無惨の戦いから数ヶ月… 鬼のいない世界になったとはいえ、残された傷跡は根深く 未だ人々の間から、いさかいの種は絶えなかった。 少女「やっ やめてください!放してください!」 男A「オイオイ嬢ちゃん、人にぶつかっといて    そのまま逃げる気か?」 男B「詫びにちょいと    付き合ってくれっつってるだけじゃねえか。    ひでえことなんて しねぇからよ?」 少女「ぶ ぶつかってきたのは あなた達じゃ…!」 男C「ハハッ この状況で言い返せるたぁ、    いい度胸だな嬢ちゃん。器量も悪かねえし、気に入ったぜ」 男A「いいから来いっつってんだよ。手間とらせんな」 少女「いやっ いやあっ…!」 グイッ 男A「ぐっ!?」 不死川「みっともねェ真似してんじゃねえよ。     大の男が年端もいかねえ子に、寄ってたかってよォ」 男A「んだてめえ!?引っ込んでろ!」 男B「痛い目みてえのかコラ!?」 不死川「ほぉ…んじゃ 見せてもらおうじゃねえか」 男A「てめえ、舐めやがって…!」 ブンッ ヒュオッ ドスッ! 男A「!?」 ガラの悪い男の振るった拳を、難なくかわした不死川は 手刀一発で 男を失神させる。 男C「や、矢澤!?」 不死川「で…誰に何を見せてくれんだァ?」 男B「……!!」 不死川の強さと気迫を目の当たりにし、 残った2人は 一瞬で戦意喪失する。 男B「お…覚えてやがれええ!!」 ダダダダッ 不死川「チッ…雑魚の癖に 口だけ一丁前になってんじゃねえよ」 少女「あっ あの…ありがとうございます」 少女は不死川の風貌にやや怯えながらも、謝辞を述べる。 不死川「この辺は治安も悪い上に、人通りも少ねえ。     用がねえなら 近づかねえ方がいいぞォ」 少女「用は、あの…あるんです。大事な用が…」 不死川「……」 不死川は 少女が抱えていた、大量の花の入った籠に目をやる。 不死川「…墓参りか?」 少女「えっ?あっ……はい」 不死川「送ってってやるよ。     またさっきみたいな連中に出くわしたら危ねえだろ」 少女「え、でも…いいんですか?」 不死川「ああ。そういうのも     俺の仕事の内だからな」 少女「警察の人…なんですか?」 不死川「んな大層なモンじゃねえよ。     さっきみてえなゴロツキや     野盗なんかを潰して回る仕事を お館様から任されてんだ」 少女「お館さま…?」 不死川「あー、まあ 気にすんな。ほら、さっさと行くぞ」 少女「あ…は、はい!」 スタスタスタ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~ 不死川「にしても、随分たくさんの花が要るんだなァ」 並んで歩きながら、不死川は少女に話しかける。 少女「あ、はい…一緒に暮らしてた7人が    いっぺんに死んじゃって…10年前の今日」 不死川「……」 そう言いながら少女は 籠をぎゅっと握りしめる。 不死川「…辛かったろうな」 少女「……でも 死んだみんなや    私を守ってくれた人の方が    もっとずっと辛かったと思います…」 不死川「……」 少女「あっ こっちです」 不死川「…ああ」 ザッザッザッ ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~ 2人がたどり着いたのは、 長年放置されて ボロボロに朽ちた寺。 不死川(……血の跡…) 寺の壁や床には、今も生々しく 赤黒い血痕がこびりついていた。 不死川(………鬼か?) 少女「あの お墓はこっちに…」 不死川「あ、ああ」 少女の示す先には 7つの質素な墓標が見える。 パサッ 不死川(……ん?) その時、少女の着物から 一通の手紙が落ちた。 不死川は何の気なしに それを拾いあげる。 不死川「おい、何か落とし……!?」 少女「あっ、ありがとうございま…」 手紙に書かれた宛名が目に入り、不死川の顔色が一変する。 不死川(悲鳴嶼さんへ…!!?) 少女「あの、どうかしたんですか…?」 不死川「……」 不死川の脳裏に、悲鳴嶼から聞いた話が蘇ってくる。 不死川「お前、もしかして…     沙代……か?」 少女「!?どうして私の名前…あっ!」 沙代と呼ばれた少女は、 不死川の視線が 手紙の宛名に注がれていることに気付く。 沙代「も、もしかしてっ…悲鳴嶼さんのお知り合いですか!?」 不死川「……ああ」 沙代「やっぱり…あのあのっ、悲鳴嶼さんお元気なんですか!?    今どちらに…!」 不死川「……」 答えに窮した不死川だったが、何とか言葉を絞り出す。 不死川「悲鳴嶼さんは…いっちまったよ」 沙代「……え?」 不死川「一足先に…俺らの 手の届かねェ所に…」 沙代「……!!」 膝から崩れ落ちる沙代… 次の瞬間、その瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。 沙代「そん…なっ…!!    私…まだ一言も謝れてないのに…あの時のこと…!!」 不死川「……」 沙代「私のせいだ…私があの時ちゃんと説明できてれば…    悲鳴嶼さんは…悲鳴嶼さんはっ…!!」 不死川「……」 沙代「うううっ……ご、ごめんなさい…    ごめんなさい悲鳴嶼さん…ごめんなさいいいっ…!!」 かける言葉も見つけられず、 地面にうずくまって泣き続ける沙代を 不死川は唇を噛みしめながら ただ黙って見つめ続ける。 不死川「……」 どのくらいそうしていただろう。 まだ泣き続ける沙代に、不死川はようやく語りかける。 不死川「………これ…」 沙代「……」 不死川「…読んでもいいか?」 沙代「……」 手に持ったままの手紙を差し出しながら、不死川は尋ねる。 不死川「俺なんかじゃ…悲鳴嶼さんの代わりになれねェけど…」 沙代「……」 不死川「……この手紙……読んでもいいか?」 沙代「………はい」 聞こえるか聞こえないかの小さな声で、沙代はただ一言答える。 不死川は丁寧に封を切ると 手紙を取り出し、読み始めた。 『悲鳴嶼さんへ。  悲鳴嶼さんが 今どこにいるのかわかりません。  どうすれば会えるのかも わかりません。  でもいつか会えたなら どうしても伝えたいことがある。  そう思って 筆を取りました。  ごめんなさい。  あの時 警察の人にきちんと説明できなくてごめんなさい。  まだ小さかったからなんて 言い訳にもなりません。  恨まれても仕方ないと思います。  憎まれても仕方ないと思います。  それでも どうしても謝りたかった。  本当に 本当にごめんなさい。  それともう一つ。  ありがとう。  私を守ってくれて ありがとう。  身寄りのない私達を ずっと育ててくれてありがとう。  他のみんなも きっと同じ気持ちだったと思います。  大好きです、悲鳴嶼さん』 不死川「……」 手紙を読み終えた不死川は いつか悲鳴嶼と話したことを思い返していた。 ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~ 悲鳴嶼(恨むというより…ただ悲しかった。     守ろうとした者に 拒絶されたことが悲しかった。     あの時は) 不死川(あの時…?) 悲鳴嶼(ああ。今は違う。     あの出来事があったからこそ 私は自分の力に気付けた。     こうして鬼から人を 守ることが出来るようになった) 不死川(悲鳴嶼さん…) 悲鳴嶼(それに拒絶されたとしても…     1人は守ることが出来た。     沙代は間違いなく 今もどこかで生きている。     私にとっては 今はそれだけでいい) ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~ 不死川「……」 不死川はうずくまる沙代の側にしゃがみ、 その肩に優しく手をかけた。 不死川「…恨んでなんかいねえよ」 沙代「……え?」 不死川「お前を守れたこと…     誇りに思ってたよ。悲鳴嶼さんは」 沙代「…ほんと……です、か?」 不死川「ああ。すげェ幸せそうな顔してたぜ。     亡くなる時の悲鳴嶼さん」 沙代「……」 不死川は懐から何かを取り出すと、沙代の手にそっと握らせた。 沙代「?これ…」 不死川「悲鳴嶼さんが 使ってた数珠だ。     形見分けで貰ったんだが…お前にやるよ」 沙代「!?い、頂けません!私には そんな資格ありません!」 不死川「…ずっと苦しんでたんだろ。     10年間もよォ。だったら もう充分だろ」 沙代「……!!」 不死川「お前が持っててくれたら…悲鳴嶼さんも喜ぶと思うぜ」 大粒の涙を流しながら、沙代は数珠を胸に抱きしめる。 沙代「あ…ありがとう……ございますっ…!!」 不死川「……」 不死川は目を細めながら、沙代の頭を優しく撫でた… ~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~ 不死川「本当にここでいいのか?」 沙代「はい。ここからは人通りも多いので。    本当に色々と ありがとうございました」 不死川「ああ。んじゃ 夜道に気をつけろよなァ」 沙代「はい、不死川さんも…    暗いので、田んぼに落ちたりしないでくださいね」 不死川「……」 幼い頃の玄弥(こないだ暗かったから        田んぼに思いっきり落ちちまったよ~        兄ちゃんも夜は 足元に気をつけろよな!) 不死川は最後に、もう一度沙代をそっと撫でる。 不死川「……前向いて生きようぜ。     いなくなった人達の分までなァ」 沙代「…!!は、はいっ!!」 鬼のいなくなった世界。 失われたものも多いが 人から人へと 受け継がれた想いは 決して失われることは無いだろう… ~終~