鬼滅の刃 胡蝶しのぶ・栗花落カナヲSS「心を繋ぐ花」 傷ついた鬼殺隊士達の治療をし、 また彼らの鍛錬の場ともなっている蝶屋敷。 そんな蝶屋敷を取り仕切る 胡蝶カナエ・しのぶ姉妹は、 今日も忙しく駆けずり回っていた。 コンコン ギイッ カナエ「村田さん、傷の具合はどうですか?」 村田「あっ カナエさん!    大分よくなってきたかな〜と思ってたんですけど…」 カナエ「えっ どうかしました?」 村田「鬼にやられた右腕が また痛み出したんですよ〜」 カナエ「まあ大変!?傷口が開いたのかしら…」 グイッ ギリギリギリッ 村田「!?あ、あだだだだ!?」 しのぶ「あら〜本当ですね!     腕がおかしな方向に曲がってますよ?     これは一大事ですね」 カナエ「し、しのぶ!?」 しのぶ「これはもう 右腕は使い物にならないかもしれませんね…     いっそ切断してしまいましょうか」 村田「!?ちょ、ちょっと!?」 しのぶにねじり上げられた腕を 村田は慌てて振り払い、ベッドから飛び降りる。 しのぶ「あら、それだけ元気なら大丈夫そうですね」 村田「……あっ…」 しのぶ「同じ任務に行ってらした皆さんは     もうとっくに 機能回復訓練を始めていますよ?     村田さんもそろそろ加わってくださいね」 村田「……はい…」 カナエ「…む、村田さん お大事に…」 にっこり微笑みながら そう告げたしのぶと 心配そうに後ろを振り返るカナエの2人は、 連れだって部屋を後にする。 カナエ「しのぶったら〜ちょっとやり過ぎよ?」 しのぶ「姉さんは甘やかし過ぎなの。     姉さんが 優しくし過ぎるから、     なかなか任務に戻らない怪我人が後を絶たないのよ?」 カナエ「そ、そんなことないと思うけど…」 パリーン! カナエ「きゃっ、なに!?台所の方から…!?」 しのぶ「…多分、またカナヲね」 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 アオイ「あっダメ!危ないから触らないで!」 カナヲ「えっ でも…」 アオイ「でもじゃないの!     この前も割った茶碗片付けようとして     指切っちゃったでしょ?ここは私が片づけるから」 カナヲ「…うん…」 割れた食器を片付けるアオイと それを申し訳なさげに見つめるカナヲの前に 胡蝶姉妹が現れる。 カナヲ「あっ…」 しのぶ「カナヲ、怪我はしてない?」 カナヲ「はい…ごめんなさい…」 カナエ「謝らなくていいの!わざと割ったわけじゃないんだから」 カナヲ「でもこれで…もう7個目…」 アオイ「ていうか、洗い物の練習始めてから     毎日必ず割ってるよね…」 カナヲ「……ごめんなさい…」 しのぶ「いいのよ。人には得手不得手があるんだから」 カナヲ「でも私…料理も洗濯も 上手く出来なかったし…」 カナエ「カナヲは ちょっとだけぶきっちょさんなのよね〜     でも大丈夫!カナヲは一生懸命やってるんだから」 しのぶ「きっとその内 上手く出来るようになるわよ。     焦らなくていいからね」 カナヲ「はい…」 カナエとしのぶは カナヲの頭をかわるがわる撫でて、 台所を後にした。 カナエ「お勉強なんかは得意なのにね〜カナヲ」 しのぶ「誰にでも、向き不向きはあるわよ」 カナエ「そうね……うふふっ」 しのぶ「?どうしたの、姉さん急に?」 カナエ「あっごめん…やっぱり しのぶとカナヲって     ちょっと似てるな〜って思っちゃってw」 しのぶ「?今の話から どうしてそうなったの?」 カナエ「あれ、覚えてない?しのぶもちっちゃい頃、     母様の手伝いするー!って言って     しょっちゅう食器割っては ワンワン泣いてたのよ」 しのぶ「えっ!?そ、そうだった…!?」 カナエ「ふふっ 今のしのぶを知ってる人からしたら     きっと想像もつかないでしょうね〜 あそうだ!」 しのぶ「こ、今度は何…?」 少し悪戯っぽい笑みを浮かべた姉の表情を見て、 しのぶに嫌な予感がよぎる。 カナエ「今の話、カナヲにしちゃってもいい?     少しは自信回復できるかも」 しのぶ「ちょっ…姉さん!?ぜ、絶対ダメ…!!」 カナエ「うふふ、冗談冗談♪     『しっかり者のしのぶ姉さん』の     イメージ壊すようなことしないわよ〜w」 しのぶ「もうっ 姉さんってば…!」 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 それから数日後… カナエが柱合会議に出掛けている間、 しのぶは 屋敷の中を見回っていた。 しのぶ「アオイ、今日は一人で洗い物?お疲れ様」 アオイ「あっ しのぶさん…はい。     カナヲは どうしても洗い物苦手みたいなので     今日は屋敷の掃除をしてもらってます」 しのぶ「そうだったのね。     じゃあ少し様子を見てくるわ」 廊下や窓枠を注意して見てみると、 どこもかしこも ピカピカに磨かれていた。 しのぶ「あら、綺麗にしてくれてるわね。     確かにカナヲ、自分の部屋もいつも整理整頓してるし…     掃除は得意なのかしら」 …と、自分の部屋の前を通り掛かったしのぶは 部屋の中から 物音がするのに気付く。 しのぶ「ん?もしかして…」 ガラッ しのぶ「カナヲ?」 カナヲ「あっ しのぶ姉さん」 しのぶ「私の部屋も掃除してくれてたのね。ありがとう」 カナヲ「はい」 しのぶ「掃除は カナヲに向いてるみたいね。     真面目なカナヲらし……ん?」 部屋の隅に積まれた、ゴミの小山に目をやった途端、 さあっとしのぶの顔色が変わる。 しのぶ「……カナヲ、これは?」 カナヲ「あっ 後で捨てようと思って…」 しのぶ「…これを捨てるつもりだったの?」 震える手で しのぶがゴミの山から拾いあげたのは かなり古い上に、ボロボロに破れた帯の切れ端。 しのぶ「……」 カナヲ「あっ それ…」 しのぶ「…カナヲ、そこに座って」 カナヲ「……はい…」 しのぶは 一つ深呼吸をし、 まだ声を少し震わせながらも 努めて冷静に話し始める。 しのぶ「…確かに ただのボロボロの布きれに見えるかもしれないわ。     でもこれは 私の大切な物なの」 カナヲ「はい…」 しのぶ「仕事机の上に置いてあったでしょう?     捨てていい物かどうか まず私に聞いて欲しかったわ」 カナヲ「ごめんなさい…」 しのぶ「カナヲはすごくいい子よ。     指示されたことは 何でもきっちりやり遂げようとする。     でもね…指示をこなすだけじゃなくて     自分の頭で 人の気持ちを考えることも覚えて欲しいわ」 カナヲ「……」 しのぶ「カナヲも もう11歳なんだから。     そういうことも覚えていかなくちゃ」 カナヲ「…」 しのぶ「…話はそれだけ」 カナヲ「…ごめん……なさい…」 ちょうど話が途切れたところで、部屋の戸が開かれる。 カナエ「ただいま〜お館様も 他のみんなも元気そうで…     あらっ?」 カナヲは立ち上がり、うなだれながら カナエの側を駆け抜けて部屋を出ていく。 カナエ「!?カ、カナヲ!?」 タッタッタ しのぶ「……」 カナエ「しのぶ、何かあったの?」 しのぶ「カナヲがアオイに言われて 屋敷の掃除をしてくれていたの。     その時、これを捨てようとしていて」 カナエ「あっ…」 しのぶが差し出した 帯の切れ端を見て、 カナエの表情が曇る。 カナエ「母様の…形見の帯…」 しのぶ「知らなかったから 仕方がないんだけど…     人の気持ちを考えることも覚えて欲しいって。     そういう話をしていたの」 カナエはうつむき、少し悩んだ様子だったが口を開く。 カナエ「……カナヲね。知ってたわよ」 しのぶ「…えっ?」 カナエ「それがしのぶにとって 大切な物だってこと」 しのぶ「う、嘘っ!?」 カナエ「前に、私に聞いてきたことがあったの。     夜にしのぶがその帯を握りしめて     泣いていたのは どうしてかって…」 しのぶ「…!?」 カナエ「戸の隙間から 偶然見たんでしょうね…     それで その帯がどういうものか 教えてあげたの」 しのぶ「じゃあどうして…捨てようなんて…」 カナエ「カナヲは優しい子よ。     きっと、もうしのぶに 泣いて欲しくない…     大事な姉さんに 悲しい顔をして欲しくない…     そう思ったんじゃないかしら」 しのぶ「……!!」 カナエ「あの子は 人の気持ちがわからない子じゃないわ。     表には出さないけど、     いろんなことを ちゃんと考えてるわよ」 しのぶ「……」 カナエ「出ていく時のカナヲ…すごく辛そうな顔してたわよ」 しのぶ「……!?」 しのぶは表情を変え、慌てて立ち上がる。 しのぶ「姉さんゴメン!!」 カナエ「…カナヲ、足が速いからね。急いだ方がいいかも」 しのぶ「うん、ありがと!!」 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 屋敷の中を一通り探し回ったしのぶだが、 カナヲの姿は見あたらなかった。 しのぶ「あっ アオイ!ねえ、カナヲ見なかった!?」 アオイ「しのぶさん!?     ど、どうしたんですか そんなに息を切らして…     カナヲなら さっき西の森の方へ行きましたけど」 しのぶ「(!?あ、あんな人気の無い所に…!?)     わかったわ、ありがとう!」 アオイ「あのしのぶさん 何かあったんですか?     カナヲ何だか 様子がおかしかったし、しのぶさんも…」 タタタタッ アオイ「あっ しのぶさん!!」 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 足場も悪く、薄暗い森の中でしのぶはカナヲを探す。 しのぶ(カナヲ、一体何をしに…     こんな所に 一人で来たら危ないじゃない!     ここは日の光も差さないし、もしかしたら…) しのぶの脳裏に、両親を失った あの忌々しい日の記憶が蘇る。 そこから最悪の想像が 頭の中に浮かび、 彼女の額に冷たい汗がにじんでくる。 しのぶ(……!!     カ、カナヲ…カナヲっ…!!) 白く美しい、小さな手が傷つくのも構わず、 うっそうと生い茂った藪を 無我夢中に素手で必死にかきわけ しのぶは進んでいく。 しのぶ(!!あ、あれは…) 森を抜け、一気に視界が開ける。 と、しのぶの目に映ったのは 崖の上でしゃがみ込む少女の姿。 しのぶ「カナヲっ!!」 カナヲはハッとして、振り向きながら立ち上がる。 カナヲ「し、しのぶ姉さん…」 しのぶ「カナヲ、良かった無事で…!!」 駆け寄ったしのぶは、思わずカナヲを抱きしめる。 カナヲ「……!!」 汚れた着物と、傷ついて血だらけになったしのぶの手が カナヲの目に入る。 カナヲ「…ごめんなさい…」 しのぶ「いいの、いいの…カナヲが無事なら…!!     でもこんな所まで来て 何をしていたの?」 カナヲ「これ…」 カナヲは大事そうに握りしめていた、 小さな青紫色の花を しのぶに差し出す。 しのぶ「…キキョウの花?」 カナヲ「姉さんの好きな花だって カナエ姉さんに聞いてて…     でも屋敷の側には咲いてないから、     ここなら見つかるかなって…」 しのぶ「私の…ために!?」 カナヲ「許して…くれますか…?」 不安げに自分を見つめてくる 可愛い妹の健気な姿に しのぶの目から大粒の涙があふれ出す… そして先ほどより一層強く、もう一度カナヲを抱きしめた。 しのぶ「許すも許さないも無いわよ…!!     カナヲ知ってたのよね、あれが母様の帯だって…!」 カナヲ「あ…」 しのぶ「私があれを見て、悲しいことを思い出すことが     もう無いようにしようとしたのよね…!     ごめんねごめんね、そんなことも知らずに…!!」 カナヲ「怒って…ない?」 しのぶ「怒るわけないじゃない!     あなたは本当に優しい子よ…ありがとうカナヲ…!!」 カナヲ「…しのぶ姉さん…!!」 泣きじゃくる姉を カナヲはぎゅっと抱きしめ返す。 とめどなくこぼれるしのぶの涙が、肩を濡らすのも構わずに… 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 その翌日。 蝶屋敷の面々は 揃って朝の食卓についていた。 カナエ「ん〜〜〜この肉じゃが美味しいっ!!     アオイったら どんどんお料理の腕が上がっていくわね〜     追い越されちゃうかもw」 アオイ「そ、そんな…///     あ、そういえば 今日は久しぶりに     カナヲにも手伝ってもらったんです」 カナエ「まあ、そうなの!?」 アオイ「はい、その目玉焼きがそうです」 一同の視線が皿の上に乗せられた、焦げた目玉焼きに注がれる。 カナヲ「ご、ごめんなさい。また失敗しちゃって…」 しのぶ「大丈夫。この前より ずっと上手に出来てるわよ」 カナエ「じゃあさっそく、頂いちゃおうかしら?」 目玉焼きを口に運ぶ カナエとしのぶの姿を カナヲは緊張した面持ちで見守る。 しのぶ「…美味しいわ。とっても」 カナヲ「!?ほ、ほんとですか…?」 カナエ「うんっ!やっぱりこの間より上達してるわよ〜     努力の成果ね!」 しのぶ「頑張ったわね、カナヲ」 カナヲ「……はい…!!」 頬を赤らめながら 表情をほころばせるカナヲと 食卓に飾られたキキョウの花を見比べながら、 しのぶは願っていた。 このささやかな幸せが ずっとずっと続くことを… 〜終〜